山陽路の名湯と称され、県内随一の規模を誇る温泉である。
江戸期に萩藩主毛利氏は湯田温泉を多く利用し、今の野原旅館の所に別邸を設け、湯田御茶屋と称した。邸内には専用の湯屋が2棟あり、男湯を鍵湯、女湯を裏鍵と呼び、別に公衆用として中湯(男子用)と下湯(婦人用)があった。
江戸末期には、温泉宿(自炊宿で内湯はない)が14〜15軒あり、このうち松田屋だけが現在まで続いている。松田屋は、西郷隆盛・高杉晋作・坂本竜馬ら明治維新の志士の密会場所、また三条実美らも7卿落ちゆかりの旅館として知られ貴重な資料を保存する。
|