街並みの名称 | 日野 | 地図 |
所在地 | 蒲生郡日野町 | |
訪問日 | 令和元年5月28日 |
応仁の乱以後、日野町付近には音羽城・中野城が築城されたが、蒲生定秀が中野城(日野城とも称す)の城下が日野町のはじまりで、日野町成立は天文2・3年であるといわれている。 天文年間蒲生氏はこの城下町に楽市楽座を設けて諸役免除とし、積極的な商業保護政策を行い、経済的に栄える町となった。加え鉄砲の生産地であったため、鉄砲鍛冶職人も住み着いた。天正12年、城主蒲生氏郷が日野6万石より伊勢松が島12万石に国替となったため、多くの武士や商人工人が移住。一挙に日野町の人口は減少し、町民はその対策を秀吉に嘆願している。 江戸期は近江商人出身地の中心地となり、近江八幡商人や五箇荘商人等を含む日野大当番組合を結成、全国の街道宿での指定宿や荷物継立宿の指定などを行い、商業活動の便を図った。 |
日野まちかど感応館 |
新町 | 越川町 |
新町 | 桟敷窓 |
新町 | 新町 |
近江日野商人館(旧山中兵右衛門宅) | |
近江日野商人館(旧山中兵右衛門宅) | |
清水町 | |
清水町 | 清水町 |