L字形の街並みを形成している。 中世末に三刀屋氏、毛利氏、堀尾氏による西出雲における戦略拠点として整備されるなかで、城下町を形成しつつあったのが町の起こりという。寛政4年の記録によると町の長さ5町、幅5間で松江藩の郡役所が置かれ制札場もあった。