15世紀後半から16世紀初めにかけて石見・安芸・備後三ヵ国に所領を領有した国人領主高橋氏の本拠地となっている。高橋氏は石見・安芸・備後の国人領主連合の中核的役割を果たしたが、享禄(1528〜32)初年頃に高橋伊予守が尼子方を頼ったのを機に同2年周防大内氏の後押しを受けた安芸の毛利氏によって滅ぼされている。
阿須那の牛馬市は、延喜(901〜923)頃から賀茂神社に牛馬を引いて安全祈願を行う慣習が始まり、牛馬の交換から牛馬市に発展したという。治承3(1179)年出雲産の名馬生月がこの市に出され、賀茂神社境内の栢の木につながれて売られのち源頼朝の愛馬となり、元歴元年宇治川の合戦で先陣の功名をあげたと伝えられる。
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