国道314号が走り、急坂で中国高原に出る。鉄道は雲坂根駅近くでスイッチバックして高原の三井野原駅に至る。 出雲、備後、伯耆の三国境に位置するため、江戸期には口番所が設けられていた。「郡村誌」によると戸数226、人数1052、牛266、馬134.鑪製鉄業に従事する者も多く、割鉄四万五千貫を移出している。