津山往来沿いに形成された町場。 街道は町場の両口で鉤の手状に曲り、町屋は南北243間、東西往来のほか左右15間ずつ30間からなり、慶安3(1650)年に町立てされたといわれる。現在も上の町、下の町としての町並みが一部残る。 酒造・店商いが許された在町で、札場も置かれ、津山往来の馬継場もあった。 岡山藩家老池田氏の陣屋が置かれていた。