荒川沿いに出羽内陸に通じる交通の要所で宿場として繁栄した。1 7世紀後半に渡辺儀右衛門がこの地に定着して廻船業・酒造業を営み、米沢街道の主要宿場となっていった。 渡辺家は、重要文化財に指定され、ほか茅葺民家の三軒ほど連なり威容を見せている。