村上町は、中世に本庄氏が居城を置いた臥牛山の西北側にできた町で、町の北側に三面川が流れている。 慶長8(1598)年村上氏が9万石の城主として入封してから、侍町と城下町建設を行い、次の堀氏の代には城郭を完成し城下町を拡張した。さらに、松平直矩の時に城下町の拡張が行われた。 城下町の通例として、道路は屈曲が多く三叉路交差で正十文字の四ツ辻はつくられなかった。町屋の家並みは鋸の歯のように武者隠れとなるよう建てられた。町の要所には枡形がつくられているのも特色である。