浅海の湾口に近い泊地府中より5里21町 朝鮮王朝との交易で知られる早田氏が当地を拠点とし、王朝から発給された朝鮮国国身を所蔵する。 元禄16年の対州郷村帳では、与良郷内として、田畑木庭物成80石余、家数36、社1、寺5、人数187、給人9、公役人17、肝入1、猟師3、牛25、馬13、船10とある。 寛文6年西目(西海)での捕鯨が平戸町人伊藤孫作組に許され尾崎浦を据浦とし、2〜4月の間に鯨17本を揚げる。しかし、朝鮮に近いこともあり、まもなく禁止された。