街並みめぐり
                                                                          

街並みの名称   大船越  地図
 所在地  対馬市美津島町
 訪問日  平成23年8月6日


 内浅海の東奥にあり、東の日本海との間に細い地峡をなす。東西に往来する対馬の船乗りが、大船越、小船越で積荷を降ろし空船を引いて小丘を越えたことから船越の地名があるという。
 中世以前は、北の小船越が盛んであったが、寛文121672)年大船越の地峡を堰切って瀬戸が開通するに及び、東西の水路を接合する要所となり、船改の番所が置かれた。 
 江戸時代、寛文121672)年1月対馬藩主宗義真の命で起工、権限山の鞍部を堀割って、長さ60間、幅10間の人口の瀬戸が6月下旬に開通した。郡奉行の志賀甚五右衛門成広の監督のもと延べ35,000人の公役を動員したもので、藩政史上有数の事業であった。後に数次の拡張工事が行われ、現在では長さ240メートル、幅50メートルを超える規模となっている。
 この開通で、対馬島の東西の水路が直結し、島の通運は利便を得たが、ことに西海の貢租物資を府中に運送するのに役立った。通交船を調べる番所が置かれ、口留番所小船越を公称した。 


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 大船越の瀬戸


   
 大船越の街並み  旅館の看板も見受けられる
   
   大船越橋


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