名称は西方を北流する梯(かけはし)川古川に、かつて東方から注いでいた支流猫橋川に架かった猫橋の界隈であったことによる。(今日、川は暗渠化、橋も消失)。昭和7年10月の橋南(北方の九竜橋の南)大火前まで、猫橋の北に前田利常が戦略上設けた前記3町を結ぶ枡形見附があり、国道が通過していたため、短い街並みながら広く繁華だった。火災後の都市計画で狭い通りと化し、今日、猫橋銀座と呼ばれ、猫橋の名を冠した商店や銀行支店があって往時をしのばせる。