水戸街道が通り宿駅が置かれていた。昭和9年の国鉄水郡線開通後は、那珂川の舟運も衰え、河岸も姿を消した。
現在の街並みは、平坦な土地にほぼ一直線に生垣や植え込みの多い家並みが続く。1区画ごとの面積は広く宿場町の形態である。本陣・脇本陣といった大きな建物は見当たらない。小幡宿では、本陣は法円寺となっていたようだ。