地名の由来は、銀屋とは銀銅を採掘または精錬する家で、銀山関係業者の町の意で、地域的に奥(上流)に位置することによる。
天正13年小野町との間に大橋が架けられたが当時は人家がなく、銀山の盛況となる慶長年間頃か人家が建ち始め、鉱山町の形が徐々にでき上がった。漆谷にわずかな畑地があるのみで、鉱山就業者が大部分を占める。町内は上・下2条の町筋があり、中間の一部に庄野町、山側に寺町がある。下筋の川沿いに吹屋と称する精錬業者が軒を連ねていた。