山陽道沿いのため幕府公用文書や荷物を送る天下送役を砂畠吉郎兵衛家が勤め、15石を藩から給付。村は天下送引高として500石が免除され、長崎からの御用物を本郷(三原市本郷)へ送り届ける人夫を供出した。 西条四日市から、次の宿駅本郷まで6里(約24キロメートル)、旧山陽道でもっとも長い。田万里市は、ほぼ中間にあり、かつて茶屋など並び小休所として賑わっていたところという。ひっそりとした小さな街並みである。