南牧川の支流大仁田川流域の山間地に位置する。江戸期は、はじめ幕府領、文政9年から旗本小幡氏領。明治22年月形村、昭和30年から南牧村の大字となる。
耕地は狭いため、林業が主産業で、山村地帯である。家屋の形状から見ると養蚕が盛んであったと思われる。