筑前6街道の1つの唐津街道の宿場で、筑前27宿の1つ。青柳・川原両村の一部を割いて宿場をつくった。 青柳宿は、青柳町がその4分の3を占め、本町といい、郡屋・茶屋奉行が置かれた。承応2年に川原村内に新町ができ、青柳宿は2つの町からなることになった。青柳町の長さは182間、元禄5年の軒数78.文政2年に大火で137軒が焼失したという。