正保元年松山藩主の命により、もと今井・池田・願連寺村の3か村に属する原野をさいて丹原新町を形成。周布郡における唯一の商業地域で、松山藩が桜樹方面の山村の物資集散地として建設した在町。東西240間・南北60間を地割り免税地とした。正保4年には町の大手に松を並べて植えたので「松の町」と呼ばれた。 また、道の両側に溝をつくって防火用水を流した。商家52軒、主な業種は酒・醤油醸造販売、木蝋製造、呉服太物・日用品・雑貨・薬の販売、旅館などであった。