大洲は加藤家6万石の城下町として発達した愛媛県西南部中心都市である。 肱川の静かな水面を利用した水運で大洲は早くから喜多山地一帯の物資の集散地として発達した。 旧街道筋であった町の北端にあたる志保町や中町筋の両側には、明治年間の建物ではあるが、中二階の外壁を暗黄色を帯びた中塗り壁で塗り籠め、軒下に袖壁を付け、窓に格子や土戸をはめ込んだ町屋や店先に回転床几を備え付けた町屋が多数残っており、江戸時代末期の街並みの景観を伝えている。